2009年09月の日記 |
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何事かミスをするなど、いわゆるやらかした事に気付くとかなりへこんでしまうほうです。 失敗した事実が消えない以上、リカバリーできることなら出来る限りそれをこなし、全力で尽くすしかないのですが、タイムマシンでもない限りはどうにもならないことなら、気持ちを切り替えていくしかありません。 子供の頃は、好きなアニメを見忘れただけでこの世の終わりみたいに落ち込んだものですが、ある程度経った頃には「自分が忘れたのだししょうがない」という意識をもつことで、結構大丈夫になったような覚えがあります。開き直りといえばそこまでですが、泣いて落ち込んでいたって、物事が好転するわけではないのだから、それよりも気持ちを切り替えよう、という意識に変わっていったのだと思います。 自分の場合、落ち込みから回復する一番の方法は「寝ること」で、よほど大きなミスでもないかぎりは、寝て起きれば、少しは前向きな気持ちに切り替わっています。あとはそれをコントロールしてやれば、大抵はなんとかなるのですが、寝て起きてもどうにもならない場合には、外に出て、歩きながら自分がどうしてそのやらかしをしてしまったのかを考えたりもします。 家にいてじっとしながら考えるよりは、歩きながら考えた方が悪い方に考えが向かいにくい、らしくて(あくまでも自分の場合)歩きながら考えた方が、良い結論、良い精神状態にもっていくことが易いようです。 近所にカラオケとかあれば、一人ででも歌いに行って、それで気持ちを明るく出来たりもするのかもしれませんが、あいにく近所にカラオケがないのでそれは無理なのでした。 |
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物語が佳境に近づいているのかどうか、執筆している本人が一番不安なレインタクトの17幕が ■Angel Garden■ にて公開されました。 リンク先、topページの更新部分からアクセスできます。 17幕、気付いたらかなり長い話になってしまいました。書いていた自分自身がこのような流れになるとは思っていなかった話です。 今回の主役である「彼女」は、レインタクトを書いている本人からしても、とてもとらえどころのない子なのですが、彼女にはモデルになった人がいます。 私が出会った頃のその人の年齢と、作品内での「彼女」の年齢はほぼ同じですが、彼女が語った恋愛に対する考えは独特で、それだけに妙に覚えています。 「片思いがいい。ずっと終わらないから」 今でも忘れられられない一言。 雨はまた、降るのでしょうか。 |
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「殺されても良いという覚悟が出来ていなければ、人を殺すなどということを考えてはならない」 なにで聞いたのか見たのかはよく覚えていないのですが、妙に胸に残っている言葉のひとつです。 別に、人を殺したいとか、その覚悟がある、とか、そういうことではなく、別の言葉を当てはめても成立するな、と思ったからです。 「殺す」という言葉を「愛する」でも「尊敬する」でも。 人を馬鹿にする人間は、誰かから馬鹿にされていることが多い気がするし、人を見下す人間は、どこかで誰かから見下されているような気がします。 人の悪口を言う人間は、あの人は悪口を言う人だと悪口を言われているかもしれないし、人に優しくする人は、あなたは優しいね、と優しくされることもあるのでないでしょうか。 もちろん、人間関係はそんなに単純じゃないけれど、でも、一方的になにかを求めたり、得ようとするよりは、まずそれを自らが実践することは大切なのではないだろうかな、とは思います。 |
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月一ぐらいのペースで、といったレインタクトですが、早速遅れています。実際の所、書き上がっている文章量としてみれば17幕分はすでに出来上がっているのですが、何度読み返しても納得がいかない、というか、読み心地のよいものには仕上がらず、手直しを繰り返しているような状況です。 仕事もいくつか掛け持ちでこなしている状況なので、あまりレインに時間をさいてあげることができないのですが、そのせいか、数日空けて読み返すと、良かったと思っていた文章がダメに思えてしまい、何度も手直しをしているような形です。 こういうものは勢いもある程度は必要だとは思うので、いわゆる「妥協できるライン」を探していかないと、いつまでも完成にたどりつかないと分かっているのですが。 それでも、ようやく仕上がりそうな目処がたったので、そう遠くないうちにレインの17幕を届けることができそうです。 もしかすると以前に、ここでお話したことかもしれませんが、レインはそれぞれのキャラが、お話上で語られていない部分でも動いています。 たとえば最近出番の少ない真奈美や恵美理も、芹菜や結花があんなことやこんなことをしている間、それぞれの時間を過ごしていて、それが結果として他の登場人物に影響を与えていたりもします。 「なんで急にそんなことに」という流れでも、当人からすると悩み抜いた結果であったり、蓄積した感情の発露であったりと、そこには理由が存在しているのですが、その理由にしたって、当人が語らない限りは分かりませんし、当人が語っていたとしても、それが真実かどうか分かりません。 |
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