2009年11月の日記 |
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完結目前、レインタクトの19幕が、 ■Angel Garden■ にて公開されました。 リンク先、topページの更新部分からアクセスできます。 少しずつ話を重ねていったレインタクトも、ようやく終わりが見えてきました。 実は「レインを無事に完結させること」が今年の目標のひとつだったので、それが果たせそうで、何よりほっとしています。 |
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10年ぐらい前のゲームをやっていると、あれもこれもとやっていくうちに色々な要素が混ざってしまい、すでになんのこっちゃわからなくなっているゲームが結構あります。 推理ゲームかと思いきや戦闘してレベルをあげてボスを倒さないと事件が解決しなかったり、恋愛シミュレーションかと思いきや、ミニゲームで良い結果を収めないと恋がうまくいかなかったり。 もちろん、うまく混ぜれば面白いゲームになりますし、実際に面白いゲームも数多く存在します。カードゲームとボードゲームの妙味を混ぜたカルドセプトとか。 でも、わりと大半は「あちゃー」って感じになってることが多いわけです。 でも、私はそういうところが好きなことも多いわけですが。 カードゲームの巧さがいい男の条件になっている世界で、告白するためにめちゃくちゃカードを集めて練習する世界があっても悪くないと思います。 だって、それがゲームだもの。 シンプルにただ一つの要素を極めていくのも、色々な要素を高い次元で混ぜ合わせるのも、それぞれ大変です。 そして大変だからこそ、面白い。 ゲームの中でなにをするか、ということよりも、ゲームの中で何かしたことによってなにを感じるか、というほうが大切なんじゃないかな、という気がします。 |
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本は昔から紙とインクで作られていて、それは今でも変わらない物です。本といえば、紙とインク。電子書籍なんてものもありますが、本屋に行けば、昔の名作も、昨日発売された小説も、同じような形で並んでいます。 少なくとも、その形式に古くさい、新しい、という区別を当てはめるのは適切ではないだろうし、文字によって物語が構成されている、という一点においては、これまでも、これからも、同じスタートラインに並んでいるのだろうと思います。 その一方で、ゲームというのもまた、データという根本は変わっていないものの、それを完成させるまでの技術は日々進歩していて、昔と今ではその見た目はもちろん、出来ることも違います。 レバーとボタンひとつで迫り来るドット絵を侵略者ということにしてピチュンピチュン打ち落としていた時代から時は流れ、今では実物さながらの世界のなかで冒険を疑似体験できるようにまでなってしまいました。 でも、技術の進歩と面白さはまた別の話で、いくら綺麗な画面で壮大な音楽とスケールのでっかい話をされたとしても、やっている人間が「面白くない」と思えば、それまでです。 ここ数日、様々な切っ掛けから、古いアニメ映画を見たり、古いエロゲをやったりしていました。 それだけの古い物を、今にいたるまで手元に大切においてあるわけですがら、それらは当然自分の好きな作品なのだ――――という前提はあるにしても、やはり面白いし素晴らしい。それどころか、当時と今の自分では、その作品への接し方、解釈も違っていて、新たな魅力に気づかされてしまうことがあったほどです。 出来ることが増えたとしても、それは選択肢が増えたにすぎず、面白さが増えることと直結ではない、というのは当たり前のことなんですけどね。 そして、沢山の選択肢からどれを選び、どう感じるか、という部分においても、それはその人次第なわけですけども。 話は少しかわって。 今に至るまで進歩してきたゲームというものに対して、ファミコンやその前の世代から、いま、そしてこれからの世代まで、ずっと自分でリアルタイムで触れてきたこと、それによって得た感動というのは、とてつもなく貴重かつ大切な経験なのだろうと思います。 わたしが子供だったころ、ビデオデッキなんて持っている家はほとんどありませんでした。それが今では、ブルーレイディスクレコーダーの時代です。 もっと上の世代に話を聞けば、冷蔵庫は氷屋から氷を買って冷やすものだとか、カラーテレビを初めてみたときの感動を聞けるかもしれません。 あと何十年も経って、自分が昔を振り返ったときに、本や写真ならすぐに見ていろいろ感じることが出来るだろうけれど、それが複雑なものであればあるほど、すぐに見ることができるのかな、と少し不安に思います。 ビデオデッキがなくなってDVDになっていく流れのなかで、大切なVHSテープをえっちらおっちらDVDにダビングしましたが、そのダビングしたDVDだって、いつか見られなくなるかもしれない。ゲームだって、それを再生するゲーム機が壊れてしまったら、遊ぶことができなくなってしまいます。 もしかしたら、そんなゲーム機をつなげるテレビ自体がなくなっているかもしれないのだし。 「わしが子供の頃は〜」なんて、昔話をここでするつもりはありませんが、時がながれて世の中が変わっても、そういう時代の流れを経験してきた自分というレコーダーは、なによりも大事にしなくちゃいけないんだろうなぁと思ってしまった、先週末でした。 |
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先週の時点ですでに11月だったわけですが、11月に入ると「いよいよ年末だな」という気分になります。たぶん、二ヶ月単位のカレンダーが、11月でラスト一枚になるからなんじゃないかな、とは思うんですが。だんだんと寒さが本格的になってくる時期でもありますし、コートを着るかな、と悩み始めるのもこのぐらいの頃から。 ちなみに11月に入ってから半袖で出かけたことが何回かありました。風がない日中、天気がいいと、そのぐらいでもなんとかなったりとかします。たぶん、寒さには強いほうだと思います。 今年の初め、今年は出来る限り有言実行で過ごしてやろう、と心に決めました。出来るならば決意するまでもなく毎年そうしてしかるべきなんですが、今年はなんとなく、そうしてやろう、という気分になるような出来事が年末年始に重なったせいで、とくにそう思ったのだと思います。 レインタクト年内完結、という目標も言ってみればそのひとつだったわけですが、今年もじきに終わる、という段階になって、いくつか自分がしたかったこと、やりたかったこと、するべきこと、に着手したり、仕上げにかかったりしています。 一年前の自分に、今の自分が胸を張っていられるように。一年後の自分が、今の自分を想いだして悔やまぬように。 |
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本サイトの移転から一年が経ちました。同時にサイト名を改めてからも一年なので、トリクルトリル一周年です。 思えば「少女達のさえずり」の発売にあわせる形で移転したので、一年前はあんなことやこんなことをやっていたのだな、と考えれば、一年の月日が流れる早さに驚くほかありません。 この一年間、来訪してくださったすべての方に、感謝申し上げます。心から、ありがとうございます。 よければ、これからもよろしくお願いいたします。 さて、お話はかわって、いよいよもって完結の目処がついたっぽいレインタクトの18幕が、 ■Angel Garden■ にて公開されました。 リンク先、topページの更新部分からアクセスできます。 今回の内容は、レインタクト着想当時の自分自身、あまり触れることはないだろう、と思っていたものです。 それはきっと「芹菜がこの話に触れることのできる状態になるのは、もっと先の話なんじゃないか」と思っていたから、なのかもしれません。 ところが、ここ数幕の展開によって成長した芹菜は、自分自身から、その話を受け止める決意を固めてしまいました。 もっとも、それは芹菜に限った話ではありません。 前にもお話したことですが、レインタクトにはほとんどプロットがありません。第1幕を書き始めたとき、わたしは物語がどうやって終わるのか、まったく考えていませんでした。 11幕を書き終えた2004年から12幕を書き始める2008年まで、実に四年間という歳月があったのですが、11幕が書き終えた2004年当時、わたしはその後の展開に関して、ある程度考えたものをメモにまとめたことがあります。 でも、いまのレインタクトはそのメモの展開をまったく無視したものになっています。 それはおそらく、書いている自分自身の考え方が変わったから、なのかもしれません。 恋愛に限らず、人生経験の積み重ねや、見聞きした色々な体験の感想、価値観。そういったものが、レインタクトという作品を通して、表されている部分もあるのではないか、と思います。 雨はまた、降るのでしょうか。 わたくしごと追伸・ 更新が11月になってしまったのは水瀬のせいです。 >月一掲載になんとか間に合うよう原稿が届いていたのですが と更新履歴にコメントがあるのですけども、実際にメールを送信したのは10/31の明け方近くだったので、受け取った後の更新作業の量などを考えるに、一日でやるのはかなり大変だったのではないか、と思います。 紆余曲折あったレインタクトが10年かかって完結できそうなのは、掲載していた場所があそこだったから、かもしれません。 自分のサイトでやってたら、どうなっていたことやら。 |
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