タクト

 普段よりも悪戯が過ぎて、茉那が困って顔を背ける。
「ん、ごめん…なさい…」
 うつむき呟くその言葉。私にとってすれば、どんな凶器よりも威力のある横顔。何も言葉が継げなくなって、彼女の側に座って、その髪を撫でようと手を伸ばす。
「謝るのは私も。…姉様のやり方も、少し強引だったから」
 指が髪に触れる。まだ少し震えている髪に、指を絡める。
 茉那に触れていると、理性がその器から零れてしまいそうになる時がある。これまでなんとか堪えてきたそれを、今夜、ついに我慢できなかった。彼女の為に動かし続けていた指や舌が自分の快楽を優先し始めた時、それは愛撫から陵辱に変わる。
 その結果、こうして茉那を困らせている。
「私の望みは茉那に嫌われる事じゃないの。だから、ね…?」
 髪をすきながら、囁きかける。まだ乾かない唇が、少し、痛い。
「…ごめんなさい」
 二度目の謝罪。その言葉を呟きつつ振り向いた茉那は、私にキスをしてくる。
「嫌いにならない…嫌いにならないから……。あむ、んっ…」
 私の気持ちが伝わったのか、それとも私の唇はそんなに寂しそうだったのか。私の舌を食べるように自分の口内にくわえ、茉那はそれを舐め始めた。
「…ん、んく…っ…ぅむ…ぁぁ…」
 押しつけるように重なった唇に少し圧倒されながら、なんとかそれを受ける。普段ならば見え隠れする程度の情熱的で激しい感情が、このキスには詰め込まれていた。
「えっちでも…いじわるでも…すき…ぃ…んむっ……」
 いつのまにか彼女の両手が伸びてきて、私の腰の後ろで交差する。力のこもる腕が、私と茉那を重ねていく。
「あむ、んっんっ…」
「ま…なっ…。私も…、あなたのことが…んっ…好き、だから…ぁっ、ふぅ…ッ」
 口づけ、というよりも食事のように、茉那の舌が私の唇をなぞっていく。なんとか言葉を紡ぎ、好きだと言ってくれた茉那に自分の気持ちを伝える。
 自分も彼女の背に手を回し、ゆっくりと力をこめた。痛いはずの感触、それがこの瞬間だけは自分も実感させてくれるような気がするのは何故だろう。
「んぁあっ…ああっ…んくっっ…」
 服の上から爪を立てるように、茉那は自分の腰を押しつけるようにして抱きついてくる。それを受け止めるように、少しずつ腰を引きながら、茉那の背中においた手を腰へと落としていった。
「…ん、ふ…っっぁ、ぁッ、んぅ…んっ…」
 休みなく攻めてくる茉那の舌が、いよいよ私を崩し始める。茉那の舌が、私の口唇からとりあげた唾液でくちくちと音を立てながら舐め続ける。
 追い打ちをかけるように、茉那の細い足が、私の両足の間に割り入れられた。こじ開けるように押し込んだそれを、彼女は上下に揺らし始める。
「ぁ、はぁ…ぁっ、あ、ああ…ぅッ…!」
 今夜、すでに一度壊れていた理性の皿が、あっけなく割れた。彼女の足が下着の上から私の陰部を撫でる感覚が、全身に浸透していく。その感触に、声が止まらない。
「ま、…なぁ…ぁふぅ、ん、んっくぅ…ッ!」
 なによりも名前を呼ぶことで、なんとか最後のそれを零さないように堪える。茉那の前でこんな姿をさらすことで、心のどこかが昂揚し始めている。それを認めたい気持ちと認めたくない気持ちがせめぎあって、下半身が熱くなった。
「んっ、茉那にも…姉様のを…あげ…る…ぅんっ…」
 体内でぐるぐると巡るそれをなんとか外に出したくて、囁き、茉那の腰にあった手を彼女の服の中に滑り込ませよう、と動かす。
「あ、あぅ…だめっ…!」
 けれど彼女は腰をすいっとずらし、私の手から逃れた。まるで私の考えを知っていて焦らすように、茉那はそれをさせてくれない。
 外に逃がそうと思っていた熱が、内側でさらに加速していく。どうにかしないとおかしくなってしまそうで、だから、私は茉那の手を取った。
「…駄目なら……じゃあ、茉那の手を姉様にちょうだい…」
「……うん」
 茉那の股が執拗に攻め続けるそこに、茉那の手を導く。いつもは私の肩を抱き、背中を掴み、そして頼りなく服にすがるその小さな手が、私の下着に触れた。
「…熱い」
「だって、姉様はいつだって茉那のこと、欲しいと想ってるの…よ…?」
 ほぅ、といううっとりした呟き。それに私が答えると同時に、彼女の中指が下着の上から谷間をなぞった。腰全体が浮き上がるのではないか、という刺激が、なによりも膝を震わせて、思わず倒れそうになる。
「うー…やっぱりえっち…」
 私の言葉に、茉那が頬を赤らめた。一瞬見せる嬉しそうな顔。けれど、その笑顔とは裏腹に、彼女の指は確実に私を濡らしていく。
 その動きが、私から色々な物を奪い、そして与えていく。
「それは…茉那だって、同じ…で…しょ…ぅ、ッッ…ん、くぅ…!」
 言葉が奪われ、喘ぎが増える。火照りが、熱に変わっていく。
「…私、男だったらよかったな…」
「もう、馬鹿なこと言わないで……茉那は茉那だから、良いんで…しょ…? ぅん…ッ」
「ん、嬉しい…」
 蜜を吸い込んで、下着が下着でなくなっていく。それを見つめて恍惚の表情を浮かべる茉那が、子供のように悪戯っぽく笑った。
「…今は、私がんばる」
 背中にぞくっという感覚。自分がなにかを期待している、と気づくのまでにかかる時間は一瞬。そしてそれを見抜かれるのが恥ずかしいと感じている自分。
「んっ…! あ、ぁぁ…ぅ…っ!」
 下着の隙間から入ってきた指が、いよいよ直接触れ始める。下半身、その内側から響くように、くちゅくちゅという音が脳まで一気に駆け上がってくる。
「姉さまのこことろとろ…」
「…ぁ、ん、んん…ッ、はぁ…ぁ、ぁっ!」
 指を沈めながら、茉那が小さく囁いた。耳元に聞こえるその声は、今まで聞いたことがないくらいに妖艶でありながらも、独特の無邪気さが残っている。
「そんなこと…そんな可愛い声で言わない…で…ッ…ぁ、く、んっんんッ…!」
 茉那の囁きで膝が崩れ、よろけるようにもつれた私は、なんとか茉那に寄りかかった。けれど茉那は、そんな私の手を両肩において、そのまま腰を落とす。
「もっと…いいことしてあげる」
 言葉の意味を示すように、茉那の手がスカートをまくりあげる。恥ずかしいという感情がそれを制止させようとするけれど、私の両手は今、茉那の肩においていなければ、その体を支えていることが出来ない。
 動きたい体と、動けない体。どちらに従えばいいかは、分かっている。ただ、茉那にされるという事が、ここまで羞恥心に火を付けるとは思っていなかった。
「あは、ほかほかしてる…」
「や、はぁ…ぁッ、んっ…!」
 くん、と指とは違う感触が、湿った下着越しに私の陰部を刺激する。不思議に思って見下ろすと、茉那が自分の鼻先を押し当てているのが見えた。どこか動物的な仕草が茉那の様子に似合っていて、そんな彼女に自分が今されているのだと意識すればするほど、体の芯が痺れてくる。
「…ん、脱がす…」
 茉那の指が下着にかかり、蜜のわずかな抵抗を残して、するりと膝まで落ちた。茉那の視線が、その場所に注がれているのが分かる。
「ん、そんなに…見つめたらだ…め……きゃぅ…ッ!」
 小さく、茉那の吐息が漏れて、それからひたっという感触。指には真似の出来ない、舐めあげるような動きが、その瞬間に私を支配した。
「ちろ…んっ……ちゅっ…沢山垂れてる……」
 言葉と音と感触が、絡まり合って私を渦に引き込んでいく。目を閉じれば、脳裏で彼女が私の割れ目に舌を這わせる映像が創り出された。
「 あ、ぁぅ…ッ、はぁ…んっ、ん、んんッ…くぅ…っ 」
 指の先まで、電流を流したような感覚。麻痺するような痺れは、しかし私の体の感覚をより過敏にさせる。
 感じたい。もっと。それが強くなるたび、体がうずく。
「もっと、もっと舐めて…茉那…ぁ…ぁっ」
「んっ、んくっ……ぅ…んむ…っ…」
 体のうずきが言葉になって、口から漏れた。それを待っていたかのように、茉那の舌が私の中にゆっくりと進入してくる。少し苦しそうな呼吸がかかるたび、自分でもそれがひくついているのが分かった。
 気持ちいいという言葉すらわずらわしい、そんな甘美な舌が私を犯す。
「茉那…っ、姉様のここを…その可愛い舌で……っ、んッ、んく…ぅッ!」
 どこかで自分を縛っていた枷が、ぱちん、と外れた。茉那の肩においていた手をなんとか動かし、その指を自分の割れ目にあてがい、そのまま広げる。指に絡まる自分の蜜の熱さが、水飴のように指にまとわりついた。
「…姉さまの味…。ん、しょっぱ…い…や……ぁ…ふ……おいし…」
 舌と絡まり合う音の合間、茉那の咽が小さく鳴った。精一杯のばされた舌が、くちくちという音を残して、どんどんと中に入り込む。
 そしてかき混ぜるように、その舌を中で動かす茉那。
「ぅんッ、く、く、はぁ…ッぁぁ、あぅ…んっ!」
 喘ぐたび、咽が熱くなる。それは自分の興奮を加速させると同時に、自分がいかに感じているのかを茉那に届けたい為に生まれ続ける証。
「やッ、あっぁッ! だ、め…ッ! だ…ぁ…め…ぇッ…」
「…ん、いつもしてくるから仕返し」
 指が、擦るように芽を撫でた。まるい動きで、それを撫でるように茉那の親指が沈んでくる。いっそ体の中に溶け込んでしまえば、そんな事を思うほどに心地よい指。
「…ここも、仕返し…」
 指を曲げ、その関節を利用して穴を押さえるように撫でる。排尿のために利用するその場所をくっと押さえられる、その感覚に腰が浮く。彼女の舌をより深く感じたくて、両手でその後頭部を支えると、ぐっと自分のほうに茉那を引き寄せた。
「あッ、んくぅッ、ぁぅッ…! もっと…茉那…ぁ、もっと…し、て…ぇっ」
 細い指と、小さな舌。たったそれだけで、こんなにも体が火照る。どうしようもない衝動が、体の底から湧いてきて全身を満たす。溢れ出るそれが声になって、普段ならば思いつくことすらないような言葉を私に言わせた。
「姉さま…っ、もっと、する…んっ、ちゅ…んむ…っ……んんっ」
「や、ぁ…ぁッ、う…ひゃぅ…ッ…!」
 茉那の唇が芽に触れて、続けて歯がこすれた。挟むように、それをあてがって力を入れられる。まるいラムネ菓子を食べるように、彼女の口がそこに密着していった。
「まなぁ…ま、な…ぁ…ぁぁ…ぅ、んっ、んっ…はぁ…ぁぁ…ッ…!」
 蜜を舐めた舌が、転がすように敏感な部分を撫でる。声が息に近づいていく中で、かろうじて選ぶことが出来たのは、彼女の名前を呼ぶこと。
 うわごとのように名前を繰り返す。この熱さを、届けるために。
「ん、姉さまのここ…すごくえっち…。ぴゅくぴゅく…してる…」
「…ぁ、ぁっ、駄目…ッ、姉様…もう、あぁっ、ぁ、ぁッ…はぅッ、うん…っ」
 全身の震えがとまらない。だんだんと思考が白っぽくなっていく。自分が満たされていくのか、上書きされているのかも分からない。
 ただ、求める。彼女の愛撫が、私を唯一ここにつなぎ止める鎖だから、それを求めて腰の震えが止まらない。
「ま…な、姉様を…姉様のなかを…まなで、まなでいっぱいに…っ…!」
「や、声聞いてるだけで…私もきそう…」
「あッ、はぅ…あぁぅッッ! だ、駄目…ぇ…ぁ…ま…なぁ…ッ!」
 ふるっ、と全身を震わせて呟いた茉那の言葉が、私の引き金に指をかけた。安全装置なんてとっくに外れているから、あとは、ひとつ大きな波が来たら。
「ん、いっちゃって……いいよ」
 私の心を見透かすように、茉那が呟く。言葉と共に、愛液をかき分けるようにして入り込んだ彼女の三本の指が、私の堤防を切り崩す。
 びくっ、と揺れる体。そして、それを待ちかまえていたように、彼女は歯を立てた。
「やぅッ! や、まな、まな…ぁ…ッ…! …ぁ、あ…ん、…ぁああっ!」
「わ…わぷっ…」
 足そのものが沈んでいくような感覚で、前のめりに倒れそうになる体。押しつけられて息を漏らす茉那の声に気づいて、なんとか全身を支えた。
「…ぁ…ぁぁ……はぁ…ぅ……ぁ…」
 溢れるほど満ちた器が、その役目を終えて消えていく。堪えることが出来たのも一瞬で、私はしゃがみこんでいる茉那の肩に手をかけたまま、砕けたように座り込んだ。
「茉那…もう…えっちな子…」
 細い声で呟き、その髪を撫でる。いつ撫でても私の指を受け止めてくれる黒髪が、今夜も例外なく優しく指に絡んだ。
「んっ…姉さまの方が…えっち」
 蜜で濡れた自分の唇を舌で綺麗にしながら、茉那が呟く。先程まで、私を責め立てていたとはとても想像できない無垢な表情で、小さく、恥ずかしそうに笑った。
 我慢できず、もたれかかるように彼女を抱きしめる。
「わっ…」
「…じゃあ、えっちな姉様にえっちだと想われてる茉那の方が、えっちよ…」
 気持ちに気づかれぬよう、顔を見られないように抱きしめて頬を重ねた。驚いている茉那の耳元に囁いて、それからそっとキスを残す。
「うー…」
 いつもと同じ、茉那の不満そうな声。
 何故だろう、その声がいまの私には心地良い。
「…姉さま?」
「ん…なんでもない」
 問いかけられた声に、頬を重ねたまま答える。

 ――見抜かれるわけには、いかない。

 いつもと同じ、繰り返してきた日々。重ねてきた肌と、そして降り積もった想い。
「…痛い」
 切なくてこめた腕の力に、茉那が思わず呟いた。けれど、かまわずにそのまま抱きしめる。はじめは少しむずがっていた茉那も、じき、声を潜めてそれを受け入れてくれた。
 なんで、こんなにも素直なのに。
「…嫌われたくない」
 ぽつりと、小さな声。抱きしめ返す、茉那の声。
「私も…嫌われたくなんかない…」
 嫌われたくないなんて、そんな後ろ向きな想いはやめてと、いつもなら言えるのに。好きだという言葉が、なによりも欲しいはずなのに。
 今は自分も同じように、その言葉を呟くことしかできなかった。
「…茉那」
 その昔、人を好きになることで強くなった頃。私は手に入れた強さが嬉しくて、それをその人を守るための力に変えようと努力した。
 けれど守ることは出来なくて、結局、その人を失った。
 好きな人を失って手に入れた弱さ。けれど、その弱さの分だけ、私は優しくなれた気がする。そしてその優しさで、誰かの側にいれたら。
 もしかすると、そう思いこまなければ、生きていけなかっただけかもしれない。人を好きになることが悲しいことだなんて、思いたくはなかったから。
 なにより、思って欲しくなかったから。
「……眠りましょう」
「ん…」
 頭を撫でる。少し不思議そうな顔をしてから、それでも彼女は瞼を閉じる。やがで寝息をたてるまで、私はずっと、その髪を撫でていた。
 朝起きたら、彼女はここから出て行ってしまう。そんな幻が見えて、それが怖くて、だから眠れずにその髪を撫でた。
「…本当はね、嫌われてもいいの」
 寝顔にそっと囁きかける。この声は、彼女の夢のなかまで届くだろうか。
「嫌っても良いから……いなくならないでね」
 続いていく夜の中、私は、ただ、彼女を見つめた。
 そうしていなければ、自分すら、消えてしまいそうで。