ハーレムアフター「放課後の少女たち」 梨衣

 久しぶりに歩く廊下は、当たり前だけど劇的に代わり映えしているはずもなく、でも、だからこそ胸に宿る感情は「懐かしい」という素直なものだった。
 青春時代――――なんて、自分が言うのは似合わないと分かっているけれど、3年間という時間を過ごした学舎はやはり思い出深くて、歩いているだけで胸が弾む。
 すれ違う制服姿の生徒たちが、わたしの姿を見つけてはなにやらひそひそと話をしたり、軽く会釈をして通り過ぎていくたび、そういえば1年前はこんなふうだったな、なんて改めて思い出してしまう。
 そんなふうに視線の集まる原因は、放課後、まだ生徒が残っている時間に私服姿で歩いているわたしが目立つから――――というわけじゃなくて、きっと、去年卒業した前生徒会長の姿が物珍しいから、に違いない。
「わっ、綾崎さんじゃない」
 呼ぶ声に振り返ると、懐かしい顔があった。
 かつてのわたしの担任で、ある意味、わたしがもっとも懐いていた先生だ。
「お久しぶりです、麻野先生」
「お久しぶりって……どうしたの? なにかあった?」
 少し困った顔で問い掛けてくる先生の反応がおかしくて、ついつい笑ってしまう。
 それを誤魔化すように、会釈しながら表情を整える。
「近くまで寄ったものですから、先生方にご挨拶をしようかと思って。それにもうすぐ文化祭なので、後任の陣中見舞いをしていこうかな、と」
「ああ、そっか、なるほどね」
 納得してくれた先生には申し訳ないけれど、わたしにとってのメインディッシュは、職員方への挨拶ではなく、陣中見舞いのほうだったりする。
「麻野先生、職員室に寄ったらいらっしゃらなかったから、帰りにもう一度寄ろうと思っていたんですけれど、会えてよかったです。おかわりなさそうで」
「おかげさまでね。綾崎さんも元気そうでなにより。在校時よりも、なんだか明るくなったみたい」
「生徒会長という重責から解放されましたから」
 笑いながら答えてしまったけれど、これは皮肉でも何でもなく、わりと本当のことだと思う。
「重責、ね」
 そんなわたしの気持ちが伝わったみたいで、先生は言いながらくすりと笑った。
「そんな重責をあなたから引き継いだ後任の木之下さん、すごくよくやってるのよ」
「それはもう、わたしの見込んだ後輩ですから」
 呟くわたしの台詞に、二人してふふっと笑った後、
「もっと話をしていたいんだけど、部活に顔出さなくちゃいけないから」
 先生はそう言って、自然に距離をとった。
「メイド喫茶なんて大変な前例を作ってしまったんだから、今日は木之下さんをたっぷり手伝ってあげるのよ?」
 そんな言葉を残し、手を振りながら去っていく先生を、同じく軽く手を振って見送った後、
「……さて、と」
 ちょっと気合いを入れ直し、再び歩き出す。
 目的の地点まではあとわずか。生徒会室と書かれたプレートを掲げているその場所には、おそらく申請書などの諸々の書類に囲まれている彼女がいるはずだ。
 それはちょうど、去年のわたしのように。
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