「memory memorial」冒頭試し読みver
■ 記憶
痛む足を崩して、地面にへたりこむ。
仰ぐように空を見上げても、生い茂る木々の枝葉が見えるばかりで、仄暗い森の中では時刻はおろか、昼か夜かすらよくわからなかった。
ここはどこで、自分は誰なのか。
そもそも、どうしてこんな森に倒れていたのか、という根本的なことすらわからないまま、目覚めて二日ぐらいが過ぎた、ような気がする。
こんな、なにもかもが曖昧な状態でも、歩き続ければ疲れるし、時が経てばお腹は減るものらしく、胃はさきほどから盛大に燃料不足を訴えている。
けれどそれは、自分がまだ生きている、ということの裏返しだ。
この空腹すら感じなくなったら、いよいよ危険かもしれない。
「せめて食べ物か、この森の出口でもわかれば……」
乾く唇を舐める舌すら乾き、いっそ雨でも降れば、なんて考えていると、
「……え?」
不意に、ころり、とそれは目の前に転がってきた。
いよいよ幻覚でも見え始めたのかと思って目を何度も擦ってみたけれど、それは間違いなく本物で、
「わっ、あ、ああっ……!」
がばっと猫のように飛びついてそれを拾い、皮も気にせずかぶりつくと、熟れた果物の果汁は口いっぱいに広がってゆく。
「ふっ、あぁ……」
おそらくは数日ぶりの食事。咽に染みこむ潤いと甘さ、それからほのかな酸味に、知らず涙すら溢れて、慌ててそれを拭う。
果物を一口かじっただけで、こんなにも満たされてしまう自分。そして、その果物の名前すら分からない自分に、涙は止まらなかった。
「でも、これ、どこから……」
まるで手品のようにいきなり現れた果物を訝り、今さらながらあたりの木々を見上げてみるけれど、果物が実っている木など見当たらない。
けれど再び、
「あっ……」
ことことり、と音がして、またしても、今度は果物がふたつ。
今度はしっかりと目撃した。果物が、なにもないところから降ってきた瞬間と、その向こうに、人影が浮いているのを。
■ 本と手紙
霧雨魔理沙がそれを見つけたのは、まったくの偶然だった。
ある意味、散らかり放題な宅内から調べ物と称して必要な資料を探していた彼女――あるいは、よけいに散らかしているように見えたかもしれないが――は、蔵書の一冊に、栞のように挟まれている紙を見つけた。
「ん……?」
ぱらぱらとめくった本からそれが落ちたとき、彼女はただの紙切れだと思ったし、それだけならば、さほど興味を示すこともなかっただろう。
けれど、その紙がやけに丁寧に折り畳まれていることが気になった。
気になったことは確かめたくなる性分だから、少女はすかさず落ちた紙を拾い上げ、しげしげと裏表を確かめる。
「……別に、なんてことはない紙切れ、だよな」
一瞬、なにがしか魔力が込められている気もしたけれど、手に取った折り紙のようなそれが、特別な力を宿している、ということはなさそうだった。
「なんだったんだ? さっきのは……」
宝の地図を発見したような胸の高鳴り、とでも表現すればいいのか。
それほどの高揚感を与えてきた物が、何の変哲もないただの紙であることに少し落胆しながら、少女は折り畳まれていたそれを開く。
「手紙……?」
そこには小さいながらも丁寧な文字が綴られていて、
――このような形で想いを伝えることを、どうかお許しください。
そんな書き出しから始まる文章を、魔理沙は静かに目で追った。
本来の目的も忘れ、手紙を最後まで読み終えた黒い少女は、
「こ、これって……恋文、ってやつじゃ」
文面から手紙の種類を察すると、万が一にも自分宛では、なんて考えを頭を振りつつ打ち消して、宛名や差出人がないかを確かめる。
けれど、裏返すなどしてよくよく改めてはみたものの、それらの情報はどこにも記されてはいなかった。
「書く必要がなかった、ってことか?」
書いた本人が相手に直接渡したのであれば、その両方の記載がなくとも問題はないだろう。
あるいは、本来は封筒が存在したのか。
どちらにせよ、手紙が挟まっていた本に手がかりが隠されていそうだが、
「この本は、えっと……」
いかんせん、蒐集癖と呼ばれる程度に物を集めはするものの、目的と手段があべこべになっている節もあり、少女は集めた時点で満足してしまう部分が少なくなかった。
今回のように、調べ物があるときにはそれらが役だってくれる事も多いのだが、本という物はそれ自身に記載されている情報が有用であれば、著者や出自、まして入手経路などグリモワールでもない限り記憶に残りにくい。
当然のように、
「これ、どこで手に入れたっけ……?」
その本に関して、魔理沙は仔細まで覚えてはいなかった。
「まっ、触ってれば何か思い出す、って可能性もあるよな」
本来の目的であった調べ物を棚に上げ、魔理沙は本と手紙を手に、机の前に舞い戻る。
「まずは本から取りかかるとするか」
それからあれこれと装丁やら紙の材質を調べ、本がそれなりに古いものだということは判明したが、逆に言えばその程度しか分からなかった。
「とはいえ魔力もないし、別にどうってことはない本、だな……」
紅魔館の大図書館に並んでいる蔵書と比べるまでもない。
どちらかといえばその雰囲気は、自分が研究成果を書きためている魔導書という名のノートに近しい気がした。
一応、内容にもざっと目を通してみたけれど、どうやら目録や研究書ではなく文学書、いわゆる小説の類らしい。
「……手紙とは関係なさそう、か」
最初のほうを軽く読んだだけで、そのまま本を机の上に戻す。
「あとはこっち、だが……」
手紙の文面を読み返した魔理沙は、それからこちらも色々と調査を試みてはみたけれど、本と同様に結果はあまりふるわなかった。
書いたのが人なのか妖怪なのかも不明で、文面から察するに、書いた人物と宛てられた相手にはそれなりに身分の差があるに違いない、ぐらいの情報がせいぜいだった。
そもそも、この界隈では手紙というものをあまり見かけない。人ならざる者たちにとって、何かを伝えるために文字を書く必要性がないからだろう。
ましてや自分の意志を誰かに伝えるために、それを一度紙に書き起こすなど、回りくどいだのまどろっこしいだのと、そういう意見を抱くものが大半に違いない。物好きな天狗のブン屋は別としても。
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